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横浜市の西中様から

2017 行橋別府100キロウォーク
2017 行橋別府100キロウォーク
 『5キロに1時間半もかかっては・・・』
神奈川県横浜市 西中 誠
2017年10月7〜8日
 区切りとなる10回目。思えば10年前に不安だらけで歩き始めた100キロウォークが、年間のライフサイクルになり健康維持のモチベーションとなっている。そして毎回新たな思い出と反省があって知人も多く出来た。9月終わりに100キロ仲間との飲み会で「あの100キロを考えて、今60キロくらいか・・・と思えば、どんな苦しさも乗り越えられる」と言っていたが、正にその通りである。つくばの100キロウォークにも4回出場したが、当大会の宇佐過ぎての3つの峠越えは、苦しいけれど醍醐味で魅力絶大である。記念すべき大会に備え、年1回実現しているマラソン練習を地道に続け、体重も5キロ落として臨んだ。過去3回、股関節痛や降雨で目標である15時間台が実現できずにいた。区切りの今回を、うどんもぜんざいも味わって楽しみながらゆっくり歩くか、ここ3年の目標達成を目指すか相当迷ったが「悔いの無いように生きる!」が信条なので後者を選んだ。今、千日回峰行を2度も達成した酒井雄哉大阿闍梨の本にはまっていて、その中の一つに「しんどいな・・・と思った時に、くたびれた自分を乗り越えようとはせず、疲れやつらさを敵対視せずに『今 一生懸命 行をやってるんだから、悪いけどちょっと向こうで一服してて』と言って心の中で対話するんだ。弱音を吐いている、もう一人の自分のことを受け止めてあげたうえで、今やりたいことを自分自身に言い聞かせればいいんだよ」という下りがある。今回はこれを実践しようと思った。
(クリックすると拡大します)
行橋正八幡宮の境内と、出発前のセレモニー

 ボランティア最高 −−− 最後の出場になるかもと思い、初めてボランティアにも参加させていただいた。前日受付の中で1個500円のカップ販売の担当だった。毎年、午後過ぎの羽田からのフライトを朝一番に変更して昼前に行橋に着いた。当日は生憎の雨で天井のある行橋駅横での受付となったが、夕刻まで懸命に声を出して販売した。始めは初めてと恥ずかしさもあってなかなか売れなかったが、だんだんと慣れて要領も掴むと「これで美味しいぜんざいが食べれますよー」とか「100キロのロゴが入っていますから、記念やお土産にどうぞー」とか声掛けしてどんどん売り上げが伸びて、結果130個以上の実績となった。他のボランティアの方とも知り合えて縁も増え、とても楽しく遣り甲斐を実感できたボランティアは癖になりそう。参加して良かった。
スタート12時06分予定がウェーブスタートで12時09分に。先頭です

 暑さに負ける −−− 念願の15時間台(15時間45分)の計画表を胸に正八幡宮を出発する。天候は昨日の雨とはうって変わっての秋晴れで暑くなり、浜の宮大橋(20キロ)まではほぼ予定通りで歩くも徐々に遅れだし、中津に14分遅れ、宇佐で40分遅れの到着。途中、体中に水を掛けていたのでずぶ濡れ状態だったが、気持ちは良かった。
まだまだ元気

 初のプロのテーピング −−− 暑さのせいか中津を過ぎてから左脚太腿がたびたび攣りそうになる。その度に仕方なく歩幅を小さくして回転数でカバーしていくが、脚に力を入れると攣りそうになり、この状態ではとても峠や七曲りは上れないと不安に包まれる。宇佐CPで天の助けか目に飛び込んできた整体サービスのブースに迷わず飛び込んだ。状態を説明すると手際よくマッサージとテーピングを30分くらいで処置してくれた。初めてプロの方にテーピングをしてもらったのだがビックリポン、あれ程びくびくしながら歩いていたのが嘘の様で少し無理をしても全く問題ないのである。さすがプロの仕事は凄い。感謝感謝。結局宇佐出発が70分遅れになって、ここで15時間台は諦めた(残念無念)。
3キロ付近の川渡り、味噌汁サービス

 ぜんざいの誘惑 −−− 立石峠を一気に越えて一番辛くて暗くて変化も面白みもない夜道を、ヘッドライトを頼りにひとり進んでいく。脚は太腿も足元も全く問題なく、昼間の水掛けでべたべたのシャツが体を冷たくしている感じがする中、計画より速い歩きで七曲り入口に到着した。体の冷えと相当の疲れに、すぐ横での「温かいぜんざい、ありますよー」の声は、地獄で仏様に逢った気分。ぜんざい片手に座るパイプ椅子は極楽この上ない。この誘惑に克てる人はゼロかも。もう一杯戴いて25分も休憩した後、心を決めて立ち上がり七曲りに挑んでいく。頂上付近のランプには、今年も心を癒された。感謝感謝。
カボスジュースのサービス、ぜんざいを食べて元気!

 2回も転んだ −−− 今回、歩きで初めて転んだ。それも2回も。宇佐神宮を過ぎた57キロ付近と赤松峠の頂上で。転げ方は一緒で、左膝を打ち顔がすれるのを左手でカバーするという格好である。マラソン練習で転んだ事はあったが、歩きでしかも2回も・・・・。歳は取りたくないが歳を自覚する事も必要になったのだとちょっとしょげる。何とか顔に傷は出来なかったが、左膝は出血もあって痛みも酷い。が、我慢して日出に到着。遅れはぜんざい休憩もあって80分に拡大した。
 5キロに1時間半もかかる −−− 休憩もそこそこに的が浜公園に向けて出発。脚は左膝を除いて痛みはなく、この調子なら楽しんでゴール出来るだろうと思いながら、夜明け前で未だ暗い別府湾を左に見ながら記念すべき10回目の完歩に向け時速6キロ超で進んでいく。残り8キロの別府ロイヤルホテルを過ぎたあたりから、なんか歩きに違和感を感じる様になる。フォームがおかしい。歩を進める都度、違和感が大きくなっていく感じ。痛みは打ち付けた左膝以外はない。残り5キロの看板が見えたところでついに立ち止まってしまった。歩けない。腰辺りにズーンといった重いものを感じる。そして、ここからが大変だった。5メートル進むと両手を膝について休まないといけなくなる。痛みはない。でも歩けないのである。イメージは・・・、そう下半身と上半身がずれている感じで、腰から上が前に出て体の重心が腰の前30センチくらいにある感じ・・・。分かり難いがそんな感覚なのである。「おかしいがこれは錯覚だ。今頑張らないでいつ頑張るんだ!」と叱咤激励で己を鼓舞するも、計ったように5メートル進んでは立ち止まって休む。これの繰り返しで残り3キロまで来る。後から追い抜く人達が「あとわずかですよ。頑張ってー」と声を掛けてくれる。2区や3区で「頑張ってー」と声を掛けた以上に掛けてくれる。滑稽な姿だと思う。まるで5メートル歩く為にエネルギーをチャージしているような動きを間近かに見て、大抵の人が「何しているんだろう・・・???」「冗談はやめてまじめに歩いたら・・・」と思ったに違いない。でも、・・・・「歩けないんです(泣)」。10回目の100キロの残り5キロで、5メートル進んでは休むの作業を100回繰り返し、それを10回やればゴールする。なんだ、この数字の語呂合わせは・・・。歩道橋が見えてくる。スタッフの声が大きく聞こえて元気をくれる。公園入り口の3段の階段前で膝に手を置き最後のチャージをする。思い切って3段を上る。上ったところで再びチャージスタイルを取らざるを得なかった(泣)。「この人、ここにきて何をしているのだろう??? 感激を味わっているのかな・・・」と思っている人もいたかも知れない。「違うんです」「歩けないんです」。ゴールテープまで進み写真を撮ってもらう。精一杯腰を伸ばしたつもりだが・・・。「終った!!」
よれよれのゴール!

 10回目にして「初心に戻れ」と教えられた気がする。完歩賞を戴いたあとに、芝生に寝転んで天を観た。そして静かに目を閉じた。大阿闍梨の酒井雄哉氏の行をしている姿が頭に浮かんだ。
 今回も川本代表、佐藤先生、そして同じ横浜の八●●ご夫妻、地元の葛●大先輩、関東高速ウォーカーの野●氏と宇●●氏他、大勢の人と再会しご挨拶ができた。この大会の醍醐味である。
 最後にスタッフ、ボランティア、関係者の皆様、本当にお世話になりました。有難うございました。
 10回で歩いた距離は1007キロ、かかった時間は181時間27分であった。
大会代表の川本氏と佐藤先生

以上
横浜市 西中 誠


修行です!



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