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横浜市の西中様から

横浜マラソン2015 「夢のサブ5は・・・?」
横浜マラソン2015 「夢のサブ5は・・・?」
 NAHAマラソンの抽選に外れた時のバックアップとして、東京マラソンと横浜マラソンにエントリーしたのが昨年8月で、NAHAに当選した時には既に取消も出来ず、東京マラソンは願い通り落選したのだが、横浜マラソンは運悪く(?)当選し、国内で一番高い参加費が自動的に引き落とされた。NAHAが終わって当初の目的を達成したのと初マラソンの疲れもあって、全くランニングから離れた日々で正月を越えると、マラソン練習前の体型と体重にすっかり戻っていた。これはまずいとダイエット目的に1月下旬から走り始めたが一向に効果は見られず、それでも2月月間で101キロ走った。3月15日横浜に「出る?出ない?」と日替わりで悶々とし、「折角当選して高い参加費を払ってもったいないからFANRUNしたら・・・」というS師匠や周りのアドバイスもあって1週間前に「6時間完走」を目指して参加する事を公言したのである。この時、NAHAの時より体重は5キロも増えており、おまけに長距離ランは21キロ1本のみという練習量で本番に臨もうというのだから自分でも呆れるばかりである。更にこの時、「走るからには是非『サブ5 』を達成してやろう 」と秘かに考えていたのである。
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 本番前日(14日)にみなとみらいで受付をした。ゼッケンを受取り参加賞のTシャツを戴いてブース内を歩いていると今レースの完走メダルが飾ってあった。青と白のストラップに下がった船の舵の形をした素敵なメダルを手にして強く思った。「これ、欲しい!」 と。 正に馬の鼻先の人参である。練習不足も省みずに完走を夢みるのである(笑)。
 15日を迎え、8時半スタートなので4時過ぎに起床してみなとみらいに向う。電車はランナーで満員すし詰め状態、通勤電車以上の混み様にビックリである。荷物を預ける前にトイレを済ませようと駅や荷物預け場所周辺を探すが、どこも凄い行列で2度目のビックリ。それでも並んで待っていると荷物預けの時限が迫ってくる。仕方なく一旦列を離れて荷物を預けて並び直したが、今度はスタート地点に並ぶ刻限の8時が迫ってくる。焦りながらもなんとか済ませてEグループの最後に並んだ。ここまでドタバタである。それにしても寒い。今日の天気予報では朝は寒いが昼頃は暖かくなるとの事だったので、長袖シャツとタイツはやめて半袖と短パンにしたのだが、待っている間も身体がどんどん冷えてくる。「また、トイレか・・・」が頭をよぎり不安になる。
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 8時半のスタート時刻がきてぞろぞろと歩き出した。スタートライン右側の高台に、神奈川県知事や横浜市長と共に剛力彩芽さんがいたが良く見えなかった。17分のロスタイムで一斉に走り始める。走ってもなかなか身体が温まらない。そしてトイレに行きたくなり、仕方なく2キロ地点でトイレに寄る事にした。ロスタイム4分である。その後は流れに乗ってキロ6分半位で進んでいく。それにしても、いつまでも身体が重い。いつもなら走っている内に少しは軽くなってくるのだが、その兆候はみられない。そして、左股関節が痛くなってきた。5キロ過ぎからは左の膝も痛くなり、続いて足首が痛くなる。逆に、その頃は股関節の痛みがなくなり、代わりといってはおかしいが、右膝が痛くなってきた。満身創痍である。この状態が20キロくらいまで続き、高速を走っている時は、左股関節と右膝の痛みが激しく、高速を降りてからは左右の膝の痛みが酷くて走る事が凄く辛くなってきた。きっと、練習不足と体重過多が主原因で、あと高速道路のせいと色々考えながらだんだんと我慢の限界に近付いているのが判る。
 今回、フルは初めての横浜マラソンという事で、大いに盛り上がっている。沿道の応援も豊富で、山下公園を過ぎるまでは凄い人盛りで、ダンスや合唱隊など横浜ならではの応援もあった。またエイドも充実していてミニおにぎりは美味しかった。ハーフ地点の南部市場ではイチゴがあり、栃おとめならぬ土地おばさんの「たくさん、食べてー」につられ、5粒も頂いた。とても美味であった。給水やトイレも多過ぎるのでは?と思える程設置個所があった。そのあたりは3万人ランナーを考えての結果なのだろう。只、今回の特長のひとつで高速道路11キロを走る区間があり楽しみにしていたのだが、傾斜、アップダウン、道悪、殺風景で実に走りにくい、である。
まず傾斜であるが、肩幅くらいでも傾斜で左右の着地に差が出て股関節を痛めてしまう。また膝にもくる。次にアップダウンだが、車ではあまり気にならないが走りには結構きついアップダウンがあり、ボディブローの様に負荷がかかってくる。そして道悪だが、一般道路と違ってタイヤをしっかりグリップする為か表面がザラザラしており、シューズを通して足裏に直に伝わってくる。更に、防風の為かフェンスがあり、綺麗な景色はあまり見えない。
最後に、沿道の応援がなく、給水・エイドの学生やボランティアのみである。こういう状態でひたすら淡々と走るのみで面白くないのである。股関節や膝が更に痛くなったのは距離だけでなく、こういった高速道路も要因になったのだと思う。やっとの思いで32キロの本牧で高速を降りたのだが、降りる時にあまりの痛さに我慢できず歩いてしまった。そして、これ以降は走ったり歩いたりの繰り返しになった。
 残り10キロ。満身創痍に輪をかける様に日差しもさして気温も上がりどんどん体力を奪っていく。サブ5に向けて残り距離をキロ8分で走ると仮定して余裕時間を頭で計算し、その時間を歩いた。ここまでキロ6分半ちょっとできているから15分の貯金があり、この頃は実際にはキロ7分半位で走っているから少し走ると更に余裕が出てくる。貯金を除いて3キロ走ると1分半歩けるのである。この繰り返しで41キロまで来た時にはたと気がつく。
最後の195mを計算外にしていた事に(泣)。ここにきての1分ちょっとの時間は相当な負担で、41キロからは残っている力を絞り出す様に全力でゴールに向かう。何が何でもサブ5達成の為に。そして沿道の大声援に包まれながらFINISHゲートをくぐった。
   ゴーーール!!!
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ホッとすると共に腕時計を止めた。42キロを一緒に走ったGARMINが「4時間59分54秒」を表示していた。「やった−−!!」
 正式タイムは「4時間59分43秒」で、念願の「サブ5」を達成したのである。飲み物を受取り、欲しかった完走メダルをかけて貰って達成感に包まれる。首のメダルは、ずしりと重かった。それに浸って人の流れに沿って歩いて行くと、一人ひとりにタオルを掛けている光景が目にはいってきた。
 「お疲れ様でした」という可愛い女性からタオルを掛けられると、それまであった身体中の疲れがすーっと消える感じがした。
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 こうして2度目のフルマラソンは終わった。練習不足ながら気持ちだけで走り、秘かな目標の「サブ5」をクリアし、NAHA程ではないけれど達成感は十分で、めでたしめでたしである。
 が、予想だにしなかった大どんでん返しが起こるのである。
 4月に入って横浜マラソンの距離が足りないとニュースになる。フルマラソンで186m不足との事。それがあの苦労した高速道路らしい。186mは1分20秒位であり、正式ネットタイム「4時間59分43秒」に足すと「5時間1分3秒」となる。
  ???
  『なんじゃ−−−!』
 夢と消えた「サブ5」。
 この悔しさはどこにぶっつければいいのか・・・・。
 計算しながら走ったのに・・・・。

 今も完走証を印刷すると「4時間59分43秒」と出るのだけれど・・・・。
おわり(泣)
横浜市 西中 誠
前回『二度とフルマラソンを走る事は無い』って言ってましたが。。。



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