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2012年6月27日
横浜市のN様から
100kmウォーキング
つくば100キロウォークに参加して
つくば100キロウォーク(2012.5.26〜27)に参加して
神奈川県横浜市 N 、ゼッケン番号 275


 100キロウォークに魅せられて4年半が経ち、その間に毎年10月体育の日に行われる九州「行橋-別府100キロウォーク」に4回参加してきた。歩き終えた感動は毎回新鮮で、全く色褪せる事なく素晴らしい思い出となっている。そして、各々の苦しみを乗り越えてきた自信が日々の困難に立ち向かうやる気と勇気を湧き出してくれ、今の充実した毎日があるといっても過言ではない。
 毎年10月の大会ゆえ練習開始は大抵6月頃で、正月のだぶついた体重落しには全く寄与せず、「何とかせねば・・・」と考えて4月の房総100キロへの参加も考えていたが今一つ乗り切れずにいた。仕事の関係で知り合ったT氏とN氏とは会ったその日から親密にお付き合いをさせて頂き、10余年経った今も裸で話が出来る間柄であるが、そのN氏が健康の為にと一念発起して「1日1万歩」を続けられており、ある時にそれと100キロの話題が合体し、毎年5月最終週につくばで100キロウォークがある事を知り、「参加してみようか?」が今回のキッカケである。
 当大会は、筑波山麓のつくば古道20キロと旧筑波鉄道筑波支線の土浦〜岩瀬間(40キロ)跡地に出来たサイクリングコース「りんりんロード」往復の計100キロを制限時間24時間で歩く大会である。高低差が無く起点の旧つくば駅跡(つくば)〜古道〜つくば(20キロ)〜岩瀬(40キロ)〜つくば(60キロ)〜土浦(80キロ)〜つくば(100キロ)に戻ってゴールのルートである。サイクリングコースなので歩き易いが変化の無い単調なコースで、夜はウォーキングマシンを歩いている感じである。九州の行橋〜別府は60キロを過ぎてから峠を3つ越える過酷なものだが、ここはちょっと違うので少し舐めていた感があった。が、そうでない事を思い知らされるのである。
 当日(26日)はウォーキングにはちょっと暑過ぎる好天で、タイガーマスクの勇姿やミニーのティアラをつけた男性グループ、東京スカイツリーを頭に乗せた若者、同じ赤いTシャツグループなど参加者500名弱が100名単位のウェーブ方式でスタートし挑戦開始である。我がグループの参加者は、T氏・N氏と高校生の息子・小職と同じ職場で働くアラサーながら中学生や高校生に見える美女H嬢と私の5名である。同じ200番台のゼッケン番号だったので13時過ぎにスタートしたのだが、パソコンにスタート登録をする時点で差がつき、すぐにバラバラの歩きとなった。
 事前に「とにかく周りに惑わされずに自分のペースで歩く事」と言っていたのでそれはそれでよかったのであるが、周りが5.6〜5.8キロ/時の速さで、この暑さと100キロを考えれば完全にオーバーペースである。が、誰もゆっくり歩く人はいなく必死で歩いている。(これが怖いのである) 気温は更に上昇し日射病や脱水症状が心配な程である。つくば古道は昔の家並みや平沢官衛遺跡の横を歩く「日本の道100選」の素敵な古道である。5月6日の竜巻で被害を受けた北条地区もルートの中にあり、ブルーシートの家屋が見え痛ましさが残るものの復旧も進んでいて、自然の怖さと人間の強さの両方を身近に感じた。早期の復旧を願うばかりである。古道を12キロ歩いてりんりんロードに入りスタート地点のつくばに戻ったのが、16:24。やっと20キロだが、暑さとオーバーペースで相当疲れた。
 チェックを受け飲料補給とストレッチをして20キロ先の岩瀬(40キロ)に向かって出発する。途中、国道を横切る他はひたすらりんりんロードを歩く。陽射しはまだ残っているが、人はだいぶバラけて歩き易くなる。30キロの真壁休憩所に向かう途中に波をうった様なウェーブの段差が2ヶ所ある。どうもサイクリングの眠気覚まし用の段差らしい。今はまだ問題なく歩けているが6時間後の岩瀬からの戻り時は結構難儀するだろう。今の自分には余計なものである。(我が侭?)
 真壁に18:10到着。ここには人気のメンチカツときゅうりのエイドがある。メンチカツはこの先70キロもあるので体調も考えて完歩後に戴く事にしてきゅうりを戴いた。実に美味しい! 飲料も補給し20分後に折り返しの10キロ先岩瀬目指して出発。だんだん暗くなってくるが、まだライトはいらないくらい。りんりんロードの左右は田圃で東京では見れない風情ある風景である。筑波山が右後方から見守ってくれている。旧筑波鉄道のホーム跡が残っており、いにしえの賑やかさが想像出来る。今は大きな桜の木が静かにホームを見守っている。若干上りの真っすぐな道が、6時間歩いて乳酸の溜まった身体を徐々に虐めてくる。前の赤い点滅灯とは別の白い灯りが近づいてくる。岩瀬を折り返してきた先頭の人だ。「お疲れ様です」と声を掛け合うが、速い!元気! 暗くてよく見えなかったが、私よりも先輩の方と思われた。「頑張らねば・・!」と自分を鼓舞する。
 20:11岩瀬に到着。チェックを済ませバナナを戴きブルーシートに寝転がって身体を伸ばす。実に気持ちがいい。でもやっと40キロである。九州の大会なら中津を過ぎていつも美味しい梨を戴く距離で、まだまだ先は長い。20分休んでヘッドライトを点灯して出発。今回は懐中電灯からヘッドライトにした。腕が楽だし光が余り揺れないから疲れない。ウォーク途中での衝動買い(格安)で購入したものだが結構良かった。スタート前に参加5名でメルアドを交換し連絡を取り合っていたがN氏親子がまもなく岩瀬に到着らしく途中で会えるのを楽しみに歩を進め、38キロ辺りで4時間半ぶりに再会。ハグし合いこれからの健闘を誓う。その少し後にH嬢ともすれ違う。T氏は既に岩瀬に到着している様で、皆、頑張っている。完歩してもらいたいと願いつつ、真っ暗の中を次の休憩所真壁(50キロ)目指して進む。左右の田圃では相変わらずの賑やかな蛙の大合唱である。この時に面白い現象に遭遇した。「ドン」という音がした途端にあんなに騒がしく鳴いていた蛙が「ピタッ」と鳴き止んだのである。あの「ドン」は地震なのだろうか?と考えながら真っ暗で音一つしない静寂の中を息を潜めて進む。沢山いるであろう総ての蛙も息を潜めている。数分後、静寂を破るかの如く勇気ある一匹の蛙が「ゲロゲロ」と鳴く。すると別の蛙が「ゲロゲロ」と続き、あっちでも「ゲロゲロ」、こっちでも「ゲロゲロ」と増えていき、更には「モォー」という牛蛙も参加して最後は全蛙が鳴き始めた。正に「蛙の合唱」で、なかなか出会えない事象だった。(後で判ったが5月26日の21時35分に茨城で地震があったらしい。あの「ドン」はちょうどその時刻だったのである)
 22:15真壁到着。やっと50キロ。温かいコーヒーを頂戴する。コーヒーってこんなに美味しかったものなんだと癒される。N氏親子から「H嬢と一緒に岩瀬を出発」という嬉しいメールも22時過ぎに届いた。10分後、つくばに向け出発。途中の上下ウェーブの所は予想通りにきつかった。りんりんロードから国道を横切る所にセブンイレブンがあり栄養ドリンクを買う。店を出てから国道沿いに歩いていると50Mで道が無くなった。「あれっ?」と思って周りを見ると左側ちょっと上に点滅ランプが進んでいる。道を間違えたのである。急いで引返してりんりんロードに入る事ができた。本当にラッキーであった。あのまま進んでいたらどこに行ったのだろうか・・。考えるだけで怖い。そういえば、確かつくばから真壁に向う明るい時に「ここって帰りに間違えるんだよなー」と一緒に歩いていた昨年参加の人が話していたのを思い出す。コンビニを出てすぐに左に曲がるとは思わなかった。本当に早く分って良かった!!
 日付が変わり0:10に起点のつくばに戻ってきた。やっと60キロである。休憩を考えればまずまずのペースである。チェックを受け飲料補給し20分後に土浦に向う。両かかと横の肉刺が大きくなっているのが分る。それを気にしながら全く街灯が無い真っ暗な道を、ヘッドライトの照らしのみを頼りに進んでいく。前後に人の気配は無くちょっと怖い感じで、ところどころにある道案内役の点滅ランプが、少し安心感を与えてくれる。孤独で辛抱と睡魔との闘いの時間帯である。100キロウォークの克服できていない私の課題で最大の敵「睡魔」。今回もこれに悩まされた。行者の千日行で「眠らない」というのがあるが、行者はどんな気持ち(何を考え)で睡魔に打ち勝つのだろうか・・・。不出来の私には、その策も無く気持ちも弱くて半分眠りながら歩いている。ふっと気が付くと道の右端や左端に寄っている。そのまま道から外れると田圃のあぜ道にゴロリで大怪我である。前から白いライトが見えてきた。先頭の人が土浦から戻ってきたのである。「お疲れ様」と声を掛け合うが、声に覇気があり6時間前にすれ違ったスピード・元気で、「こっちも頑張らねば・・」と、またまた気合いを入れ直す。
 2時50分に73キロとなる藤沢休憩所に到着。ここでも温かいコーヒーを頂戴する。こんな真夜中に色々と手配してくれるスタッフの皆様、本当にお疲れ様で有難う御座います。九州でもそうだが、歩きの中で色んな人に助けられ支えられている事を実感する。これ、人生と同じで「感謝」を再認識させられ肝に銘じる事になる。100キロウォークは色んな事を気付かせてくれるものである。3時過ぎに折り返しの土浦に向け出発。眠気もなくなり周囲も明るくなってきた感じで、足の痛みは考えずに進んでいく。N氏から「つくば出発しました」の嬉しいメールが入る。その直後に「T、60キロでリタイアです」の悲しいメールが続いた。T氏は2番手を歩いていて1時過ぎにつくばに入ったので楽勝かと思っていたのだが・・・。お疲れ様でした。残った4名、何とか完歩したいものと思いつつ、藤沢と土浦の中間にある虫掛駅跡を過ぎ、やっと東の空が白んできてヘッドライトが不要となる。 土浦まであと1キロ表示があって俄然ペースを上げるが、10分経っても折り返しに着かない。そして再び残り1キロの表示。???。なかなか着かない。国道を横切り更に5分程歩いただろうか、右にカーブしてやっと80キロ土浦に到着。時刻は4:20だった。
 折り返し地点のスペースは狭く、ブルーシート上の人数も少ない。チェックの人に聞くと100名くらいが通過したらしい。椅子に腰を下ろして、有名なアンパンをご馳走になった。パン生地も餡もとても美味しかった。20分程休んで20キロ先にあるゴールのつくばを目指して歩き出した。が、80キロの疲労は完全に体内に蓄積しており、歩き始めは腰から下がなかなか歩きに馴染めずスピードもあがらない。20分は休み過ぎなのかもしれない。5分程歩いているといつものフォームとペースになり、夜も完全に明けて眠気もなくなり快調な足取りで87キロの藤沢に向う。右横から強い陽射しが顔を照らす。帽子が意味無い。N氏から「藤沢に向っている。あと5キロ」のメール。N氏親子+H嬢の3人と9時間ぶりに会える。「皆、頑張っているんだー」と自ら元気を注入する。この頃になるとすれ違う戦友が増えて「お疲れ様ー」「頑張ってくださーい」と声を掛けながら、自分にも渇を入れる。これからあの土浦に向う戦友の顔からは疲れがいっぱい出ていて、陽も高くなって暑い中、相当の厳しさが予想されるが頑張ってもらいたい。みんな、完歩してほしい。N氏の「藤沢を出た」メール。まもなく会えるとワクワクしながら、すれ違う3人連れを探しながら歩いていると、目の前に飛び込んでくる人がいた。N氏である。「あれっ?あとの2人は?」「息子とH嬢は50キロでリタイヤです」「えー、知らなかった!」。5名のスタートが2名になっていた。「お互い、最後まで頑張りましょう!」とエールし合って別れた。N氏はまだ26キロあるが、思ったより元気な足取りであった。是が非でも完歩して貰いたいと、後ろ髪をひかれる思いで何度も振り返りながら藤沢を目指した。
 藤沢には土浦行きとつくば戻りで結構な人数が休憩していたが、ノンストップで通過する。計算すると6K/時で歩くと18時間台でゴールする事ができる。で、1キロを10分で歩いてみた。歩けた。が右膝にちょっと違和感を感じたのと、この暑さであと11キロを6K/時で歩くのは無謀かと総合的に判断して「とにかく、無理せずに完歩第一にしよう」と決め、ペースを5.5K/時に落とした。ふらふらで眠くて2人に抜かれた。ここで持ってきたウォークマンを取り出し北島三郎の演歌を聴く事に。何と途端に目も覚めて足取りも快調になり、先程抜かれた2人を抜き返し、前も後も人が見えなくなった。孤独との闘いである。残り8キロとなる。昨日最初の20キロの時に歩いたところである。でも、昨日よりは楽な気がする。北島三郎の「我慢だ!我慢だ!」が心に沁みてくる。今迄で一番気持ち良く歩けており、前に1人、更に2人と小さく見える先人の姿が徐々に大きくなり、「お疲れ様です。頑張っていきましょう」と言って追い越していく。みんなボロボロで全てを使い果たした感じである。ここまで90キロ以上も歩いてきているので当然であるが頑張って!!
 あと3キロまで来る。足取りは快調である。N氏息子とH嬢がゴールで待ってくれている。暑い。が足を動かす。暑い。が負けない。筑波山が目の前に大きくなってきて98キロを歩いて疲れた身体を暖かい眼差しで「あと少しだ。頑張れ!」と語りかけてくれている。
 あと1キロ。ちょっと目頭が熱くなる。つくば登山口のゴールの横断幕が見えて更に涙腺が緩み顔を上げられない・・・。先に到着した勇者達とN氏息子とH嬢の拍手に包まれながら、ゴーーール!! 19時間10分。当初目標よりは相当遅いが、1時間50分の休憩を考えれば、上出来のタイムである。それよりも、まずは完歩できた事に感謝!感謝!。そして、お金では買えない100キロ完歩の感動を再び味わう事ができた。正直言って平地だからもう少し楽に行けると思っていたのだが、結構きつかった。やはり100キロは100キロである。
 苦しかったが、ゴールした後の爽快な気分の中で、足の痛みも忘れてスタートしてからの事を考えながら、次々とゴールしてくる仲間を拍手で迎えるこの時間は、至福の時である。が、そんな気持ちとは裏腹に「もう100キロはいいや」「九州も今年はいいや」という気持ちであった。今、一週間経って肉刺も治り、苦しみよりも楽しい事が思い出されてくると、「来年も、あのつくばを歩いてもいいかな」「色々と反省もあったし、それを対応しないと終った気になれないな」「九州もやっぱり歩いてみようか」という気持ちになってきている。歩いている途中で「こんな100キロに挑戦する者は、完全にアル中だよ」と笑って言っているのが聞こえた。歩く事に夢中になる=歩(アル)中。私もアル中かもしれない。九州で4回、今回をいれて5回も100キロを歩いたにもかかわらず、また歩こうというのだから完全に「アル中」である。でも、このアル中ならいいのではないかな(笑)。
 肝心な事を書き漏らすところでした。頑張っていたN氏ですが、すれ違った後は殆ど休憩無しで、足を血だらけにしながら23時間弱でゴールしたのである。20キロ迄の歩きをみていて最後まではとても無理では?と思っていた小職を恥じるばかりで、見事な完歩に頭が下がるとともに、この人が友人である事を誇りに思います。今回我らは5名参加で完歩2名の結果でしたが、1週間後に横浜中華街で開いた慰労兼反省会では「次回は絶対に完歩します!」との宣言を何回も耳にしました。今から楽しみである。
 昨年は台風の雨・強風の中での大会で大変だった様だが、ちょっと暑過ぎましたが今年は天候にも恵まれ、筑波山も綺麗に観る事が出来ました。そして、大会スタッフの皆様、沿道でたくさんの応援を戴いた地元の皆様、大変お世話になりました。参加された皆様、お疲れ様でした。心より御礼を申し上げます。
 この大会が益々盛況となり、長く続く事を願っております。
横浜市 N
つくばに進出しましたか!
N様他計5名中2名完歩、すばらしいですね。お疲れ様でした!

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