鶯谷駅から上野・寛永寺、根岸・子規庵、入谷・鬼子母神へ
 こんにちは。oh!さんぽ隊2号のてくてくある子です。今回は東京都台東区にあるJR鶯谷駅へ。俳人・正岡子規が故郷の松山から母と妹を呼び寄せて移り住んだ旧居「子規庵」から、根岸の路地を行き、例年七夕前後に朝顔市が開かれる「入谷鬼子母神」まで歩きます。
 鶯谷駅で地図を眺めると、線路の反対側に徳川将軍15人のうち6人が眠る「寛永寺」や別名“へちま寺”と言われる「浄名院」ふむ、へちま。なんとなく気になるなと、初めから寄り道の散歩を始めました。
歩いた日 2011年06月20日
難儀さ  ほどほど
時間 約3時間30分
歩数 約10800歩
高低 平坦
距離 約5.6km
車椅子 十分可能
サイクリング 可能
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〔01〕〔02〕
 鶯谷駅で見た地図どおりに、北口から線路沿いの道を進みます。
 あ、あれ? 気がつけば、まわりはホテル街。確かに電車とホームから、それっぽい建物が見えたけれど、あっちへもこっちへも続いていて、うわ〜、早く抜け出したいよ〜。
〔03〕〔04〕
 JR線を跨ぐ「寛永寺橋」への黄色の階段を急いでのぼって、陸橋の上から山手線や東北本線の電車が走っていくのを眺めながら、すーふぅーすーふぅーと息を整えます。
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 言問通りを行くと左手の角地に風格漂う木造家屋。お? と見上げると看板「おせん」。引き戸をガラリと開けたら、“おせん婆さん”が迎えてくれそうです。
 ここは何屋さんなのだろう? と後で調べてみると、どうやら、おでん屋さんいまも夜になったら赤提灯が灯るのかなあ?
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 右手には「寛永寺 谷中霊園」への桜並木「徳川慶喜公墓所入口」の標示板があり、こちらにもついつい寄り道。
 途中に有名パティスリーの店があり、いつもは行列ができるようですが、今日は定休日だれもいません
〔09〕〔10〕
 掲示板の案内図を見て、一五代将軍慶喜の墓へ。三つ葉葵の御紋が付いた鉄格子の向こうに、正室・徳川美賀子の墓と寄り添って並んでいます。
 目を惹かれたのは、墓のそばにある銀色の井戸手押しポンプ。さすが徳川家、ほかで見るポンプより高性能(?)っぽいです。
〔11〕〔12〕 お散歩アルバム[寺院]  [お守り]  [お地蔵様]
 寛文6年(1666)創建の“へちま寺”こと浄名院は、旧暦8月15日に「へちま供養」を実施。境内のへちま地蔵に祈祷すると、せきやぜんそくに効能があると言われます。
 地蔵信仰の寺でもあり、江戸六地蔵の第六番が祀られるほか、明治12年(1879)に建立を発願した「八万四千体地蔵」が境内の隅から隅までぎっしり。圧倒されます。
〔13〕
 山門そばの建物には「うかがい地蔵尊」願いごとを念じてからお地蔵さまを持ちあげ、軽いと思ったら願いが叶うそうです。
 さっそく願いをよーく念じて、では! とお地蔵さまをよいしょ。あたたたたた、重っ!! あれこれ願いすぎたのか、ちょっと浮かせられただけで、自分のほうがひっくり返りそうになってしまいました。
〔14〕 お散歩アルバム[根本中堂]
 「東叡山 寛永寺」は、元和8年(1622)に二代将軍秀忠と天海が創建。五代将軍綱吉が建てた「根本中堂」は間口45.5m、奥行き42m、高さ32mの大伽藍でしたが、慶応4年(1868)の彰義隊の戦争で焼失しました。
 現在の根本中堂は、寛永15年(1638)建造の川越・喜多院の本地堂を移築し、再建したもの。ご本尊の「薬師瑠璃光如来像」は天台宗の宗祖である最澄上人作と伝わり、秘仏とされています。
〔15〕〔16〕 お散歩アルバム[寛永寺橋]  [てっせん]
 さぁさぁ、寄り道はこれくらいにして、子規庵へ。再び寛永寺橋を渡りましょう。
 路地のあちこちに、案内文や「根岸散策地図」、そして正岡子規の句が掲示されているのを発見。「根岸 子規会」によるもので、案内文には子規が根岸に明治25年(1892)に転居してから明治35年(1902)に亡くなるまで、この地を散歩して句を詠んだこと、子規に会うために夏目漱石や高浜虚子などが訪れたことをはじめ、子規や根岸にまつわる事柄が書かれています。
〔17〕
 子規が母と妹と暮らした子規庵は昭和20年(1945)、戦災で焼失。門弟たちによって再建され、現在にいたっています。どれどれと行ってみると、「本日は休ませて戴きます」の貼り札。
 たまたま外に出てきた子規庵の方が「このあたりはみんな月曜が定休日なんですよ。またいらしてくださいね。9月の子規の命日『へちま忌』のころには、庭の棚にへちまの実がぶら下がって、子規が詠んだ情景を感じとっていただけますよ」。
〔18〕
 結核を患っていた子規は、痰を切る効能があるとされるへちまを庭に植えており、〈痰一斗 糸瓜の水も 間に合はず〉など、へちまを詠んだ3句が絶筆となりました。
 ふむ、へちま。子規と“へちま寺”の浄名院とは、関係はないのかな? 子規庵の方に伺うと、「どうでしょうねぇ」という答えでした。
〔19〕〔20〕〔21〕


 子規庵の方が話してくれたとおり、書道博物館と笹乃雪はお休み羽二重団子だけお土産に買うことができました。
 子規庵の向かいには、子規と親交が深かった洋画家で書家の中村不折の収集による「書道博物館」  日暮里駅方面へ5分歩けば、文政2年(1819)創業、子規の紀行文『道灌山』や日記『仰臥漫録』に登場する「羽二重団子」  尾竹橋通りの根岸小前交差点そばには、元禄4年(1691)創業、江戸で初めて絹ごし豆富を作り、子規も通った豆富料理店「笹乃雪」
〔22〕〔23〕〔24〕 お散歩アルバム[路地]  [コテ絵]
 根岸には路地が多く、下町のよき風情が漂っています。明治後期の洋館、レンガ塀、大正元年築の居酒屋「鍵屋」、重厚な黒塗りの蔵が次々と目の前に現れ、飽きません。草木花が美しい寺院も多く、「千手院」のお堂にはめずらしいコテ絵が描かれています。
〔25〕〔26〕〔27〕 お散歩アルバム[ざくろ]
 路地を渡り歩いて到着したのは「入谷鬼子母神」の名で知られる「真源寺」。入谷は江戸後期からあさがお栽培が盛んで、明治期を中心に境内では栽培農家があさがおを並べ、見物人でごったがえしたそうです。
 「入谷朝顔市」は大正期に途絶えたものの、戦後に復活。例年7月6日、7日、8日の3日間、120軒のあさがおを売る露店が並びます。が、今年(2011)は東日本大震災の影響を受けて中止。なんとも残念ですが、次回を楽しみにいたしましょう。

※ 子規庵のそばには、落語家・林家三平の博物館「ねぎし三平堂」もあります。こちらは「ドーもスイません」の土曜と水曜と、日曜が開堂日。なんともなんとも、定休日だらけの月曜に散歩して、どうもすいません。

インフォメーション
  • 子規庵 10:30〜12:00、13:00〜16:00 月曜休(8月に夏季休、1月、2月に冬季休あり) 入庵料大人500円
  • 書道博物館 9:30〜16:30(入館は16:00まで) 月曜休(祝日の場合は翌日休)、展示替え期間中(不定期) 入館料大人500円
  • 羽二重団子 本店 9:00〜17:00 無休
  • 笹乃雪 11:30〜L.O.20:00 月曜休(祝日の場合は翌日休)
  • ねぎし三平堂 11:00〜17:00 月・火・木・金曜休 入堂料大人600円

地図  鶯谷駅から上野・寛永寺、根岸・子規庵、入谷・鬼子母神へ (PDF、144KB)

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この記事に掲載された各種料金、価格、費用など、ならびに交通手段や経路、周辺の状況、所要時間などは、実際の歩行日あるいは記事執筆時点のものです。 お散歩隊が保証するものではありませんので、必要に応じて各自で最新情報をご確認のうえお出かけください。

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